ラグランジュ形式の力学

 今回のテーマは「ラグランジュ形式」です。解析力学の2つの形式のうち、ラグランジュ形式についての特徴を解説していきます。



ラグランジュ形式は独立変数として一般座標q^iを用いて記述されますが、ラグランジュ関数Lq^i\dot{q}^iで表されます。そして、外的拘束条件のない場合は、ラグランジュの運動方程式は前回述べたように

 \frac{d}{dt}\left( \frac{\partial L}{\partial \dot{q}^i} \right) - \frac{\partial L}{\partial q^i}=0,\ \left( i=1 \sim N \right) \tag{1}


です。これはq^iの時間に関する2回微分方程式で一般にはN個の独立な方程式系です。したがって、これらの方程式を解いて運動を求めるとき、初期値q^i\dot{q}^iの両方を指定して運動が一意的に決定されます。このような2N次元空間を状態空間、あるいはハミルトン形式の位相空間と対応させて、速度位相空間といいます。


そこで、速度位相空間の座標を \left( q^i,\xi^i \right) で表すことにします。\xi^iは速度\dot{q}^iに対応する変数ですが、\xi^iは一応\dot{q}^iとは別ものとして扱い、q^iの時間微分である\dot{q}^iと区別します。したがって、q^iによって配位空間のすべての点を表し、\xi^iによって速度空間の点を表すものとします。質点の現実の運動では、各時刻ごとにq^iの値と\dot{q}^i=\xi^iの値とが決まっているから、運動は速度位相空間内の1本の曲線で表されます。ここではこの曲線を速度位相空間における運動の経路と呼ぶことにします。


そして、ラグランジュ関数L\left( q^i,\dot{q}^i\right)を速度位相空間で定義された関数L\left( q^i,\xi^i\right)と読み替えて、そこでのラグランジュ方程式

 \frac{d}{dt}\left( \frac{\partial L\left( q,\xi \right)}{\partial \xi^i} \right) - \frac{\partial L\left( q,\xi \right)}{\partial q^i} = 0,\ \left( i=1 \sim N \right) \tag{2}


と表すことにします。しかし、この式だけでは \xi^i  \dot{q}^i の関係が与えられていないので、さらに

 \xi^i=\dot{q}^i,\ \left( i=1 \sim N \right) \tag{3}

を付け加えます。これら ( 2 ) と ( 3 ) の2N式を合わせると、ラグランジュ方程式と同様になります。



 ラグランジュ方程式 ( 1 ) は位置座標空間(配位空間)では

 A_{ij}\ddot{q}^j + \frac{\partial^2L}{\partial \dot{q}^i \partial q^j}\dot{q}^j - \frac{\partial L}{\partial q^i} = 0 \tag{4}

となります。ここで \ddot{q}^j の係数

 A_{ij}\left( q,\dot{q} \right) \equiv \frac{\partial^2L}{\partial \dot{q}^i\partial \dot{q}^j} \tag{5}

はヘッセ行列と呼ばれるもので、i,jについて対称です。
 ラグランジュ方程式とヘッセ行列を速度位相空間で表すと次のようになります:

 A_{ij}\dot{\xi}^j + \frac{\partial^2L}{\partial \xi^i \partial q^j}\dot{q}^j - \frac{\partial L}{\partial q^i} = 0 \tag{6}

 A_{ij}\left( q^i, \xi^i \right) = \frac{\partial^2L}{\partial \xi^i \partial \xi^j} \tag{7}

 ヘッセ行列A_{ij}は、ポテンシャルが速度に依存しない通常の力学系では定数行列ですが、速度依存ポテンシャルのような非線形力学系の場合などでは、一般にq^i{\dot{q}}^iの関数となります。


どちらにしても、ラグランジュ関数の中にq^i,{\dot{q}}^iがどのような形で含まれるかによってN個のラグランジュ方程式の具体的な形は異なりますが、すべての変数q^iおよび{\dot{q}}^iは形式的にはまったく対称的に扱われるので、見通しの良い議論ができます。さらに、Lが決まれば、運動方程式は自動的に書き下せるので、問題とする系の力学的情報はすべてLの中に含まれていることになります。つまり、ラグランジュ関数は力学系の特性を表す特性関数と言えます。



 次に、ヘッセ行列の性質と拘束条件の関係を見ていきます。

ヘッセ行列が正則、つまりその行列式が0でなければ、N個のラグランジュ方程式運動方程式としてすべて独立です。なぜなら、ヘッセ行列はラグランジュ方程式\dot{\xi}^iの係数のつくる行列なので、ラグランジュ方程式の全ての式は独立な運動方程式となるからです。すなわち、

 \mathrm{det}\left( A_{ij} \right) \ne 0 \tag{8}

なら、その逆行列\left( A^{-1} \right)^{ij}が存在します。ゆえに、ラグランジュ方程式 ( 4 ) あるいは ( 6 ) に左から\left( A^{-1} \right)^{ij}を乗じて、 {\dot{\xi}}^i について解くことができます:

 {\dot{\xi}}^i + \left( A^{-1} \right)^{ij} \frac{\partial^2 L}{\partial \xi^j \partial q^k} - \left( A^{-1} \right)^{ij} \frac{\partial L}{\partial q^j}  = 0\tag{9}

これから、N個の方程式は運動方程式としてすべて独立であることが分かります。通常の質点力学系ラグランジュ関数が運動エネルギーとポテンシャルからなる場合は、ヘッセ行列は正則です。

 一方で、 \left( A_{ij} \right) が非正則(特異)、すなわち

 \mathrm{det}\left( A_{ij} \right) = 0 \tag{10}

の場合、ヘッセ行列の逆は存在しないので、( 9 )のように、\dot{\xi}^iについて解くことができません。N個の方程式をうまく組み合わせてその1次結合をつくると、\dot{\xi}^iを消去した式が導かれます。\dot{\xi}^iを含まないような式は、運動方程式というよりも、むしろ拘束条件を与える式だと言えます。

 したがって、ヘッセ行列が非正則なときは、内的拘束条件が存在するということになります。つまり、ラグランジュ関数が拘束条件を内包しているわけです。


 さらに、一般にヘッセ行列の階数がN-Rのとき
 \left( A_{ij} \right) R個のゼロ固有値を持ち、それに対応してR個のゼロ固有ベクトル \tau_{\alpha}^i が存在します。

 A_{ij} \tau_{\alpha}^j = \tau_{\alpha}^j A_{ji} = 0,\ \left( \alpha=1 \sim R \right) \tag{11}

 A_{ij}   \tau_{\alpha}^i も通常の単純な力学系では定数ですが、一般的には\xi^iq^iの関数です。
 
 よって、この \tau_{\alpha}^i ラグランジュ方程式 ( 4 ) または ( 6 ) に左から乗じて i について和をとると、 \dot{\xi}^i の項は消えるので、R個の \dot{\xi}^i を含まない式が得られます。したがって、このラグランジュ方程式系は運動方程式として独立ではなく、R個の拘束条件を含むことになります。

その拘束条件を \Phi_{\alpha} で表します。( 6 ) から \Phi_{\alpha} として次の式を得ます。

 \Phi_{\alpha} \left( \xi, q \right) = \tau_{\alpha}^i \left( \frac{\partial^2 L}{\partial \xi^i q^j} \xi^j - \frac{\partial L}{\partial q^i} \right) = 0 \tag{12}

この拘束条件は q^i  \xi^i の関係式なので、 R 個の \xi^i は独立ではありません。